いつになく相棒が大人しい。 そう思いながら、黙って灰色の空を見上げる彼を傍目に読書をする。隣にあるブラックコーヒーは程よい湯気を立て、香ばしい臭いがするが、安物なのは言うまでもない。それでも首都を奪還するまでのひもじい思いを考えれば、これも豪華なものである。俺のマグカップの隣にはサイファーのマグカップも置いてある。彼のコーヒーは実にクリーミーな色をしているが、それを飲もうという気は起きない。飲めば糖尿に罹るかも知れないという恐怖がある。しかし、それ以上に恐怖を感じるのは、これまで何のアクションを起こしてこない相棒にだ。 今日は確かに相棒の苦手な寒い日だ。少しばかり雪も降っているようだ。しかし、今日はそれでも緩やかな方で、これ以上に寒い日などいくらでもあった。しかもその際には寒い寒いと騒ぎながら暖房の前を陣取っている。そして席を立ちたくないと俺をパシリに使う。 「相棒、いらないのか?」 「……」 いつも通りにコーヒーを入れたつもりなのだが、気に入らなかったのか。 流石に気味が悪いので話しかけてみたが、返事がない。無視された怒りより逆にさみしいと思う。 「うんとかすんとか言え」 「すん」 一応聞こえてはいるみたいだが、これは少しイラっとした。 相変わらず空に目を奪われている相棒。空に少し嫉妬しそうになるが、たまにはこういう日もあるだろうと一度しおりを挟んで閉じた本を再び広げる。お気に入りの旅行記を読んで、まだ行ったことのない国に思いを馳せてみる。随分と空を駆けたが、まだ行ったことのない場所などざらにある。その行ったことのない場所に、相棒と行くことができたらどれだけ楽しいだろう。大変なことのほうが多そうだが。 ぺらり、と何枚目かのページを捲ろうとすると、いきなり首に何かが巻きついた。驚いてそれを掴むと人の腕だった。 「ラリー、構え」 「は?」 「構え」 俺の肩に顔を突っ込んで、腕はきつく首に巻かれていて。放置していおいて今更構えとはどういうことだと思いながらもそれが声になることはなかった。頭の中の情報が錯綜していた収集がつかない。 今までこういうことで邪険に扱われたことのほうが圧倒的に多く、ましてや、今のように甘えられることなんてあまりなかった。しかも、名前で呼んでくれることなど滅多にない。今すぐにでも押し倒したい衝動が出てきたが、後が怖いので我慢することにする。 「どうした?」 サイファーのほうを振り向いて、子どもをあやすように背中を撫でる。なんでもねえ、と小さな声で帰ってきたが、少しだけ涙声に聞こえたような気がした。 「空を見てたら、急に心細くなった。」 相棒が珍しく弱音を吐いた。 いきなり構えと言い出してから1時間くらいは経っただろうか。部屋に移動した俺達は互いにべったりとひっついている。はたから見れば気持ち悪く暑苦しいだろうが、誰もいないので構う必要などない。相棒の顔を見ると、目じりと鼻が少し赤くなっている。涙を流しているわけではないが、目が若干涙で揺れている。右目の傷が疼いたりするのだろうか。それにしても綺麗な両目だ、まるで自分と相棒のようだ。 「何じっと見てんだよ」 「いや、別に」 なんだよ、と不貞腐れたように言う彼。素直に言ったら気持ちが悪いと思われてカラーコンタクトされても困るので言えないでいる。 さんくす相棒! |