「寒い」 ストーブにへばりついている奴がそれを言うのか、とピクシーは苦笑いをした。 空戦では縦横無尽に戦場を飛び回り、その圧倒的な強さに鬼神と恐れられるサイファーは、今は情けなくも寒さに震えていた。 ヴァレー空軍基地が建てられた場所は雪山の広がる、なんとも寒い気候だった。 寒さがりらしい彼はストーブに引っ付いたまま離れようとはしない。 しっかり着込んでいるはずなのにまだ寒いとはどういうことなのだ、とピクシーは思う。 その手には湯気が立ち上る薄いながらも温かいコーヒーもあるというのに、サイファーは肩を窄めたままだ。 窓から外を見てみれば少し雪がちらついている。また降ってきたな、とサイファーを見ると彼はうんざりした様な表情を見せた。 「勘弁してくれ」 「俺に言われてもな」 ここ数日曇天が続き、サイファーの金髪のような輝く太陽は目にしていない。ついでに言うと彼の瞳の色のような空も。 雪が降っては止み降っては止みの繰り返しだ。 晴れても寒いとはいえ日が出たほうが暖かいのだが、最近の天候はサイファーにとっては地獄だ 再び雪を降らせ始めた厚い雲は、どうも太陽の前を去るつもりは無いようだ。この景色を見るのにいい加減飽きてきたピクシーも流石にうんざりとする。 太陽と青空の下で悠々と――いや、悠々とまで行かなくてもいい。とりあえず青空の元で飛びたい願望が浮かび上がってくるのは抑え切れなかった。 「おい、相棒しっかりしてくれ。出撃が来てもそうするつもりか?」 ストーブの虫と成り果てているサイファーに少し呆れたようにピクシーは言う。寒さがりなのに何故この場所を選んだのだろうと疑問が浮かぶ。 報酬の量が多めだったのか、其れとも仕事を選ぶほどの余裕がなかったのか。 「なぁ、ピクシー。ピクシーって妖精だろ? この天気をどうにかしてみろよ」 「無茶を言うなよ。だったら空に上がっていつもの無茶な機動であの雲を払って来い」 「お前もついてこいよ」 「其処まで付き合わないぞ、バディ」 けちな野郎だ、と悪態をついて再びストーブとと向き合うサイファーにまさか本気でやるつもりだったのか、とピクシーは一瞬考えてしまった。 そんなはずはないのだが、なんとなくネタで済まされないような気がしたのだ。 目の前にいる人物は空であんなに派手に暴れている奴には見えない、とサイファーの空での暴れっぷりを思い出す。 空に飛び立てば寮機のピクシーのことなどお構いなしに飛び去って言ってしまうという。いい加減に落ち着け、と愚痴りながらもピクシーはサイファーを追いかける。 追いかけるのは単に寮機だから――だけでもない。彼の暴れ馬のように飛び回る様子を見ているのが楽しいという気持ちもあるのだ。 そして誰もついていけない彼に、自分はその隣を飛べると言うことが誇らしい。其れはパイロットとしてでもあり、また別の感情もあった。 空の壁は更に厚みを増し日光も通さない。更に暗くなる周囲に浮かぶのは重く降り続く牡丹雪。 今日いっぱいは降り続くのだろうなとピクシーもサイファーも思い、はあ、と溜め息をついたのは同時だった。 「ピクシーピクシー」 サイファーの呼び声になんだ、とピクシーはサイファーの方を振り返る。人差し指を突き出し、サイファーがにんまりとしている。 なんなんだと問う前にサイファーが答えを出した。 ――あっち向いてほい! ――……ん? 右に向けて曲げられた人差し指。いきなりのことに無反応なピクシー。少し不機嫌顔になったサイファー。 ちゃんと反応しろよ、不能なのか? との声に、間抜けな声を出したピクシーはようやくわれに返る。呆けて間抜け面になった顔を直して、彼は再び相棒に問いかけた。 「あっち向いてほいで負けたらコーヒーな」 「そんなルールいつ言ったんだ」 「今さっき」 ピクシーはこいつは、と頭を抱えそうになるもいつもこういう調子なのだからいちいち突っ込むにも面倒くさくなってきたので何も言わない。が、この突飛さはどうにかしてもらいたい。 結局サイファーの言うままにあっち向いてほいをして、負けたのはピクシーだった。 しかし大の大人が缶コーヒーをどちらが買うか買わないかと言うことだけで争い、しかもその方法が子供のような方法だというのは恥ずかしいものがある。 サイファーもピクシーも負けず嫌いなのか、やけに白熱してしまったのだから恥ずかしいことこの上ない。 負けたピクシーははっとして心の中では羞恥しているが、サイファーは奢ってもらえることに上機嫌なようだ。 彼の浮かべる笑みにピクシーは、全く、と呆れながらもコーヒーを買いに行くのだった。 |